2018年6月2日土曜日

曜日を間違えるようになった


認知症の始まりか?
日付け、曜日を間違えるようになった。
高齢者のテストではいつも、「今日は何の日」とばかりに質問するけれど、「今日は今日の日だい」と答えてはいけないのかい。
あの高齢者向けテストに私は疑問を持っているのです。

テストの1は記憶力系統のもの
代表的なのが冒頭の「今日は何の日」。
今日も明日も私たちには関係ないもんね。
有名な聖書の言葉に「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」とね。
だから今日が何の日なのか、今何時なのかは重要なことではないのですよ。
「今を生きる」というのが年寄りのテーマ。
今が今なのか、昨日なのか、明日なのかは大差ないのですから。
そんなのテスト問題に出さないでよ。
それよりも、テーブルの上にケーキでもクッキーでも置いて、「いままで食べた事がありますか?」「どなたと食べましたか?」「甘いですか?辛いですか?」「どんな味ですか?」「どんな思い出がありますか?」にして欲しいですよ。
社会人の時は、時間や曜日は重要でしたが、高齢者にとってはさほど重要ではないのです。
テストを作る人たちはみんな若いからね~。

テストの2は運動神経系のもの
「片足立ちで何秒立てますか?」
大きなお世話だい。
そんなのは転んで骨折するだけじゃないかい。
若い時は片足で靴下を履いたけれど、今は座って履いているもの。
椅子で履くのも危ないものね。
30秒立てたからどうなんだい?
生活の中で片足立ちの必要性はどれだけあるの。
私なんか必ず手すりに掴まって、壁によっかかって片足上げているもの。
例えば風呂上がりの時に足の裏を拭くでしょう、その時に片足立ちが必要なくらいで、後は必要ないものね。椅子から立ち上がるのも同じでしょ。手すりやテーブルに掴まって立ち上がるのは当たり前ですよ。安全のためにね。
スクワットなんてのは若い人がやるもんだ。
あの運動テストはまったく意味がありませんよ。
高齢者の運動は、立ち上がる時の動作に安全対応が行われているかが重要なところでしょ。

そんなんで「今日は何の日」は私にとってはさほど重要ではなく、今日の夜にテレビで時代劇があるか、明日はあるかが何よりも重要なことなんですから。

人の住んでいない諏訪2丁目団地の斜面に「墨田の花火」が咲き出しました。
誰も手入れをしていないけれど、あの聖書の中にある通り「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。」

まさにこれが年寄りの生き方なんですからね。